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西鶴アーカイブ

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【自分語りラーメン屋】

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   未来には不安を持て
 そしたら、今日の一部を明日へ投資する心構えができる。

    過去には感謝しろ。
    そしたら、今を大切にしようとする心構えができる。

    人は過去にも未来にも生きてはいなくて、
    今のこの瞬間にしか生きられない        byにしつる
 
 
前にたまたま入ったラーメン屋が、「自分語りラーメン屋」だった。
 
いかに自分が修行してこの味を生み出したか、
自分はどれほどラーメンに情熱もっているか、
チャーシューがいかに時間をかけて作っているか、
そんなことを延々と語る。
 
あのー、ラーメンのびるんですけどぉ。
 
食べたら、どーということはない。マズくはないんだが、いや、語りでハードルあげちゃってるんでマズくも思えてくる。どーりで、この店、客いないはずだ。
 
店主は、そんなことも気付かずに、宣伝のつもりでますます喋る。
 
もう、店の宣伝を口コミで広げてもらおうという魂胆まで見えてきて悲壮な感じすらする。
 
ラーメン屋に限らず、いや、飲食に限らず、こーゆーことって多い。
 
 
たまに、ギャクで自分語りすることってある。
 
まあ、俺ってナイスガイだからね。とか、
まあ、俺にしたらこんな金額はした金だねとか、
 
それにもう少し物語がはいると武勇伝になる。
 
オリラジの武勇伝みたいな笑えるやつじゃなくてよ。
俺様カッケーってやつ。あるいは、俺様おちゃめー!あるいわ、俺様やさしー!
 
そんな武勇伝を最近は聴くことが多い。
ある種、宣伝としてつかいましょうということを言ってるコンサルとかもいるからだ。
 
たとえば、借金まみれでビルの屋上から飛び降りて死のうかと思った時期もあったが、これこれーこーしてV字回復して今は高級車転がしてるみたいな。
 
こんなことを名刺にプロフィールとして入れてる人もいるけど、正直クサイなと思ってしまう。
 
本の帯とかでの著者のプロフィールなら、編集の人が客観的に書いたとも言えるが、名刺だと自分で書いてるに決まってるやん。
 
そんな自分語りを、聴いてないのに喋りだす人とこの前出会った。
 
まあ、内容はfacebookなんで書かないけど、まるで、あの時のラーメン屋だ。業種は飲食じゃなかったけど。
 
リアルだと文章で書かれたプロフィールよりも、さらに輪をかけてキツイ。こっぱずかしくなる。もーやめてぇー。
 
 
けど、同じ自分語りでもキツくない人もいるし、金払ってまで聞きたい話もあるわけで、この違いはなんだろうと、フト思った。
 
キツイ人は、ホント武勇伝で、自分が主人公の物語になっていて、聞く方としては「得る」ものは、その物語がオモロイかオモロくないかだけになる。
 
オモロイ小説みたいな話なら、得るものはあるが、たいていはそうじゃない、どこにでもあるような話だし、加えて喋りが下手なんでだんだん苦痛になってくる。
 
ようするに、この手の人の話は、「自分がなにか得よう」としている」のだと気がついた。
 
それは仕事であったり、人気やモテたいなどの人の気持ちであったり、尊敬であったり、そういうものを得ようと喋っている。
 
かたや、何かを与えようとする話は、自分語りでもキツくないし、どこかサービスがあるし、伝えたいものがあるように思う。
 
得るものがあると金払ってでも聞きたくなる。
 
この違いは、なかなか説明すると難しい。
 
ようはベクトル、矢印の向きの違いなんだが、褒めてもらおうとする親切と、相手の力になりたい親切の違いに近いだろうか?圧力が違うのだ。押してくるんではなくて、吸引してくる。
 
これって広告でもそうで、自分語りの広告は、「嘘」か「騙そうとしている」としか、みてくれないのね。
 
ワシの仕事でも、他店との差別化で、自分のサービスをこれでもかと書いてくれっていう人いるんだが、そゆ人にはいつも、「モテようとする奴ってウザいやん。それと同じになってる」って説明するんだけど、それでも解る人と解らん人がどうしても出てくる。
 
 
人ってこういう微妙なとこは結構敏感に感じ取る。
 
けれど、親切なのか残酷なのかよく解らないけど、あえてそこにツッコミは入れたりしない。
 
それは、説明しづらいということもあるだろうし、自分の思い込みなら失礼だという謙虚さもあるのかもしれない。
 
また、基本的にはワシみたいに仕事とかで関わっているのでなければ、「あーた、ウザいよ」なんて、ケンカ上等みたいなことは言わないもんだ。たとえ友達でもだ。
 
そしてこれは、やっかいなことに、「客観的にみる」とかの視点の変換では解決できない。これはワシの経験則だ。わからない奴にはわからない。
 
けれど、これが解る人や、だんだんわかってくる人は、そのプッシーさが引っ込むのと比例して客がつくようになるし、いい仕事ができるようになるみたいだ。
 
与えることができるようになったんだな。きっと。(2016/7/26)