turuya

西鶴アーカイブ

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【天国からの階段】

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思っただけで美味しい食い物が目の前に瞬時に現れる。
食い物だけではない。
 
豪邸も、カッコいい服も、音楽も、何から何まであらゆるものが瞬時に現れる。
 
どーも、ここは天国とかいうところらしいのだが、思っただけで手に入るからここには欲するということがまったく無い世界なのだ。
 
天国なのにどこかどんよりとした雰囲気が流れているのは、そのためだろう。
 
人の顔には生気がなく、といっても皆、肉体を持っていないから文字どおりの意味なんだが、感情というものも限りなく薄く透明で、静かな笑みだけが漂うのだった。
 
そんな天国で誰もが唯一の欲するのが「思ってもいない経験」というものだ。
 
想定できない未来。考えもしない未来。そんな時間の流れに身を置いて得る経験こそがこの天国で絶対的に価値があるものなのだった。
 
下の世界は、この経験が得られるというのでこぞって転生しようとする。だが、下の世界には限りがあるので、誰もが転生できない。
そのため、長い長い行列に並んで待つしかない。
 
願いが簡単に叶わないことが、天国では逆に大きな価値を持つ。
 
願いが簡単に叶わないからこそ、経験を得られる。
願いが簡単に叶わないからこそ、喜びや悲しみのドラマが産まれる。
願いが簡単に叶わないからこそ、そこにはあらゆるものが生じるのだ。
 
下の世界にいたときは、あれほど願いが叶うことを望んでいたのに、
健康やお金やモノや名声や、それがここ天国ではシャーワセさえ望んでいない。
 
「在る」ということが、これほど「無い」ということと表裏一体だとは。在るがゆえに無いをもとめ、無いがゆえに在るをもとめる。
 
こうして我々は、下の世界と天国を行き来してばかりいるのだった。
 
そうこうしているうちに順番がやってきたようだ。そうだな、なるべく多くの経験ができるところに転生しよう。だが、あまりにも過酷なところだと、すぐにここに逆戻りだ。
 
だが、恵まれすぎたところでは経験が薄くなる。それでは本末転倒だ。そこはよく考えないと。
 
こうして彼は、数えきれない旅にまた出かけていった。
 
そこで笑い、泣き、喜び、悲しみ、感動し、怒り、安堵し、多くの経験をする。
 
どこかへ到達する旅ではない。
それは、旅そのものをする旅なのだった。